あくまで即決を目的とする3
土曜日。
私の嫌な予感とは、親子が「来ないこと」であった。
親子が訪れた集団塾の対応者が優秀であった場合、集団の面談の後に別の塾の面談があると知るや否や、それがたとえ入会キャンセルのための面談であったとしても、生徒本人をそこへ行かせることは阻止するだろう。絶対に阻止する。母親だけを行かせ、純粋な退会面談にする。本人がいなければ、あくまでこの場合は…であるが、キャンセルの取り消しは不可能だ。
その不吉を感じていた。その可能性を強く覚悟していた。
はたして土曜日。
親子は、来た。
正確に言うと、遅れますという事前の電話があり、その予告通りに遅れて来た。遅刻の電話は吉兆だった。来るという何よりの意思表示だ。
正直に話すと、土曜日が始まる時点では、この子を預かることを私は半分以上諦めていた。
来てくれた時点で、半分くらいになった。
本人とさえ話せれば、逆転の芽はある。
深呼吸する。
面談室へ入る。
面談のときと同じように、天気の話から。
しかしすぐに違和感を感じる。
本人の表情が暗い。
その原因は?
すぐに本題に入ろうと決意する。
どうでした?
できるだけ何気無く、さらっと口にする。返答を待つのがつらい。
すぐに母親の反応。
この子、半ベソかいちゃって。
どうしたんですか?
向こうの授業が嫌だって…。
唾を飲み込む。
集団の授業、あわなかった?
うん
ダメだったか
全然、わからなかった
そうか…つらかったね
うん
ここまで会話し、やっとほぼ確信できた。大丈夫だ。この子を救うことができる。私たちのカテゴリーで。
母親も、すでに納得していた。
個別指導でないといけないと。
残りの時間ですべきことは私の中で決まっていた。
その場にいてかつ手の空いていた講師のなかで、もっとも適切であると思われる講師を選ぶ。
どうしても、その子にいい思いをして一日を終えてほしかった。
もう21:00が近づいていた。
30分足らずの短い授業。
その子は、来たときよりもずっと明るい表情で、授業ブースから面談室へ戻って来た。
…。
大きな反省があった。
今回のことは、単なる「結果オーライ」だ。
泣くほど嫌でなければ、最適でない選択を顧客がしてしまっていた可能性も高い。
私たち営業マンの仕事は、真っ向勝負の「説得」でなく、やわらかな「誘導」で顧客を最適な選択に導くことだ。
それができていれば、この子にこんなに悲しい思いをさせずに済んだのだ。
自分の力のなさが、ひとりの子どもを深く傷つけた。
猛省すべきだ。